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ブログを休止します

本日で脱パチンコ3ヵ月を達成しました。

そろそろネタ切れですのでこの辺でブログを休止したいと思います。

私のつたない文章を読んで頂きありがとうございます。

ではまた。\(^o^)/
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パチンコ依存症は離婚への道

自分の体験からですが、パチンコにはまると家族の事は二の次三の次になります。

まずはパチンコ、休みは俺の時間、勝手にさせてくれと家族をほっておきパチンコ通いを続けていました。

人の気持ちを考える事がでかなくなるから、家族の心はどんどん離れて行く。

私は嫁と娘が家から出ていって初めて自分の過ちに気づき、やっとパチンコをやめられた。

パチンコ→借金→家庭崩壊

これは誰にでも起こりうることです。

早期発見早期治療。経験者は語る。

休日の過ごし方 これからは

以前は朝からパーラーだった。

3万円を持ちいそいそと出掛け、あっという間に全部失い、コンビニでビールを買い午後からの時間をむなしく過ごしていた。

パチンコをやめてアルバイトをしてからの休日はお金を浪費することなく充実している。

訳あってこのアルバイトも今月でやめることにした。
またパチンコをしようという気持ちはない。

これからできる時間を何して過ごそうか今思案中。



またスロットの夢を見た

パチンコ、パチスロは全くやっていないのですが、スロットで大勝ちして山盛のドル箱を3つ抱えた夢を見ました。

嫁が自分を呼ぶ声がしたのでコインを置いたまま店の外に出ました。

何か嫁と会話をして店に戻ると既に閉店時間、換金所も閉まっており大量のコインを持ち帰る訳にもいかず途方に暮れてしまいました。

何かの暗示でしょうか、台風が接近していて外で強風がビュービュー吹いているせいでしょうか。
変な夢見た。

パチンコはギャンブル?遊戯?

ある本で読んだのですが、世界中でパチンコがあるのは日本だけだそうです。

数年前に韓国ではパチンコ屋が法律で禁止され、今は全くないとのこと。

そんなニュース、日本では全く流されませんでした。

世界の国々ではパチンコがいかに社会悪であるかを察知し、法律で禁止しているとのこと。

ここ日本においては都会でも、田舎でも、どこにもパチンコ屋があり、誰でも気軽にパチンコができますが、パチンコがギャンブルでなく遊戯とされているから法律で取り締まれないからだそうです。

だから私のようなパチンコ依存症患者を増やし続けていても、国は何も方策を取らないのだそうです。

「パチンコなんか日本からなくなればいいのに」と嫁は言っていましたが、パチンコにはまっていた当時の私は、それは困る、私の楽しみがなくなってしまうと真剣に思っていました。

今は、パチンコ依存症患者を無くすためにはパチンコ屋を法律で禁止した方がいいと私は考えます。

パチンコ我慢できました

出張時にでパチンコしなかったのは何年振りだろうか。

昨日も何度もパチンコエゴが自分を襲って来ましたが、私は勝ちました。

出張の業務終了後にマンガ喫茶へ入り、その後すぐにホテルに戻り映画を観ました。

夕食に出掛け、それから気になっていた居酒屋へ入り9時まで楽しみました。

飲食代はかかりましたが、パチンコで浪費していたことに比べ有意義な時間を過ごせました。

何よりも弱い自分に勝てたのが嬉しかった。

このブログを打ち止めにしたくないという気持ちが強くあったことが勝因です。

ありがとうございました。

知らない人から本をもらった

飛行機の中で「やめられない」というパチンコ依存症について書かれた本を読んでいました。

「本がお好きなようなのでこちらを差し上げましょう。」隣の40歳くらいの女性から声を掛けられました。

宗教関連の本で全然読みたくありませんでしたが、せっかくの好意を無にしたくなく「ありがとうございます」と受け取りました。

「やめられない」をあまりに熱心に読んでいたので、隣の方は私が相当悩んでいると勘違いされたのでしょうか。

出張に来ていますが昨日はパチンコ我慢できました。

出張中です ネオンがまぶしい

いつも通っていたパチンコを通過、まっすぐ銭湯に突入。

予定していたレストランで夕食、予想以上に美味しくて満足。
でもまだ18時、パチンコエゴがおいでおいでしている。

今までの自分なら、そのままパチンコ屋へ。

でも今夜は違うぜ。
昭和歌謡の居酒屋へ迷わずエスケープ!

さあ勝負だ 誘惑に負けない

今日から出張だ。

間違ってもパチンコ屋に行かないこと。

看板には目をそむけ、パチンコ屋があったら足早に通り過ぎよう。

時間が余ったら、普段行けない飲食店に入ろうと思う。

あとはさっさとホテルに戻り映画を観る。

パチンコエゴとの戦いは自分との戦いだ。

このブログが続けられるように頑張ります。

台風の中もパチンコ三昧

7年程前に私の出張中に台風が通過しました。

いつものように、業務終了後パチンコの前に座り台風など気にせず打ち続けていました。

やはりこの日も勝てず、あっという間に財布がすっからかんに。

当時クレジットカードを持っていなかったのでキャッシングが出来ず、それでもパチンコを打ちたい私は嫁に電話しました。

「台風で帰れなくなったので旅費が足りない。振り込んで」

まもなく嫁は暴風雨の中車を走らせ、私のパチンコ遊戯代を振り込んでくれました。
「風で車がひっくり返りそうになった」と嫁からの電話。

感謝の気持ちを持ちながらも私はパチンコを続けていた最低の旦那でした。



もうすぐ出張

今まで私が出張に行った際には、必ず空き時間にパチンコ屋へ行っていました。

普段行けない店に初めて入りわくわくしながら新台を打ったものです。

私はすでに脱パチンコしました。だからパチンコ屋に入ることは許されません。

出張先は誘惑がいっぱいです。こちらでもテレビでパチンコ屋のCMががんがん流れています。

誘惑に負けないように、予定をたくさん作り手帳にびっしり埋めています。

めったに行かない銭湯(温泉)にも行こうと思います。

マンガ喫茶にも入ろうと思います。

外食にもちろん行きます。

業務が終わり次第さっさとホテルに帰り、部屋で映画も観る予定です。

さてパチンコ誘惑との闘いです。

ストレス解消にパチンコ行ってくる

私がパチンコ依存症の頃の日曜日の会話です。

嫁「何で朝からパチンコばっかり行くの?」

私「ストレス解消のためだ。家にいるといらいらするからじゃ。」

嫁「じゃあ、私もストレス溜まったら朝から晩までパチンコ行こう。キャッシングして行くからね!」

いつもけんかでした。

私は何かと理由を付けて休みのたびにパチンコ屋へ行き、夫婦仲は悪化する一方でした。

ストレス解消といいながら、短時間で何万円も失い返ってストレスが倍増しておりました。

後ろめたい気持ちで帰宅し、嫁にばれないようにこっそり玄関のドアを開け、そのままシャワーを浴びついでに煙草くさい服を手洗いしていました。

実にむなしい休日を毎週過ごしていました。

パチンコ打つと性格悪くなる

私は自分勝手な人間だと思います。

パチンコにはまっていた頃、大当たりになると私は「やったー」とか「よっしゃあー」とか言って全身で喜びを爆発させるタイプでした。

隣の客はそんな私を冷たい目で見ていました。

逆に隣の客がやっと大当たりしたときには、私はよかったねと暖かい目で見ます。

素直に嬉しそうに喜ぶ客がいる一方で、大当たりしても全く表情を変えることなくしらーっとしている客もたくさんいます。

「大当たりしたんだから、もう少し喜べよ。」と私は心の中でいつも思っていました。

我ながら嫌な性格だと思います。





カードがATM に呑まれたぁ!

もう20年程前の話です。

すでにパチンコ依存症だった私はお金がなくなってもやめられず、クレジットでキャッシングをしてパチンコを打ち続けていました。

カードのキャッシング枠いっぱいまで使いきり、口座引き落とし日までにぎりぎりで口座に入金して自転車操業を続けていました。

パチンコで勝てない自分はすぐに破綻がきました。
ある日いつものように、パチンコ資金を引き出そうとATMにカードを入れたところ、「こちらのカードは使用できません。」
とカードが戻ってきました。

「???、たしか、あと1万円は使えたはずだが?」

諦め切れず、もう一度カードをATM に入れると、「こちらのカードは回収させていただきます。」

ギャフン!!

二度とそのクレジットカードに触れることは出来ませんでした。

嘘ついてパチンコ 「ちょっと釣りに行ってくる」  

うちの嫁はギャンブル、とくにパチンコが大嫌いです。

パチンコ依存症だった私は、何度嫁に行くなと言われてもやめられませんでした。

心配掛けないようにと「ちょっと釣りに行ってくる」と嘘をつき、釣り道具一式を持ってパーラーへ行っていました。

一応パチンコを終えてから海岸に行き釣りざおを垂らしましたが、本当の目的はパチンコでした。

魚は一匹も釣れませんんでした。

パチンコで負け、釣りもだめで踏んだり蹴ったりでした。

そういうときはスーパーへ行き魚の天ぷらを手土産に買いました。

嘘をついてパチンコをしていたので、嫁に対して後ろめたい気持ちでいっぱいでした。

気持ちがふさいでいるときや、気分的に乗らないときはまずパチンコは出ません。

それでも、あほな私はわかっていながらもパーラーへ行き借金を増やしておりました。

連休中はパチンコ勝てない

3ヵ月前の私がまだパチンコにはまっていた頃の話です。

連休といえば朝から毎日ホールに並び、家族そっちのけでパチンコばっかりしていました。

家を出るとき、嫁や娘から行かないでと止められることがありました。

でも頭の中がパチンコモードになっていた私は聞く耳を持ちません。

今考えると、私は休日の度に自分のパチンコ欲を満たすことしか考えておらず家族には悲しい思いをさせていました。

パチンコの戦績は、連休初日はプラスしていても二日目、三日目でぼろ負けしていました。

パチンコなんかしていなければ大金を失うことなく、家族で充実した連休を過ごせていただろう。

アルバイトの時給が上がりました

先月分の掃除アルバイトの給料をいただきました。

嬉しいことに20円昇給していました。

たかが20円、されど20円。とっても嬉しい。

アルバイトを開始して2ヶ月経過。

一応試用期間が終了したと認めていただいたことになります。

3,000円ほどを私のこづかいとしてもらい、残り2万円は嫁に渡しました。

返済の一部にあてます。

パチンコをしていたらほんの2時間ほどで消えてしまう金額ですが、自分が汗水たらして稼いだお金はとても重く感じます。

私の中で少しずつお金の価値感が戻ってきております。

アルバイトは私にとって脱パチンコのためのリハビリです。

母の入院中もパチスロ

私は世界一の親不孝者です。

母が病気で苦しんでいたときもパチスロをやめられず打ち続けていました。

母がパチンコパチスロを大嫌いなことを知っていながら、やめらやれませんでした。

後悔後に立たず。

母に謝罪の気持ちでいっぱいです。

今日で脱パチンコ76日目です。

40日ぶりの父との電話

私が起こして来た数々の不祥事で父とは疎遠状態が続いておりました。

嫁と娘を可愛がってもらうためにも、親子の関係を修復したい気持ちはずっと持っていました。

私から父に電話ができないことをわかっている嫁が、2日前に勇気を出して父に電話をしてくれました。
嫁にありがとうと言いました。

父は自分のことを心配してくれていました。

昨日40日ぶりに父と電話をすることができました。
今日家族で会いに行きます。
たった一人の親だから大切にしなくては。

もっと早くパチンコをやめておけばよかった。

朝っぱらからパチンコCM

今朝珍しく5時30分に起きてテレビをつけたらパチンコのコマーシャルばっかり。

昔の自分なら、「おっ、あの店今日新装開店か、行かねば」と目を輝かして見ていたと思います。

仕事の休みが開店日にあたっていると喜び朝からそわそわしながら10時の開店時間を待っていました。

昔は新装開店で新台にうまく座れた場合、たいてい勝つことができていました。

ところが最近の新装開店は単なる客集めが目的の場合が多いと聞きました。

確かに私が去年新台を打ったときも、やたら回るのに全く当たらずずるずるとお金だけが消えていき、他の新台も全く出していないという状況がありました。

反対に別のシマの古い台が何台も当たっているという光景を目の当たりにしました。

新装開店のコマーシャルは、脱パチンコした今なら単なる誘惑の悪情報でしか思えません。

借金総額 1,769,104円

私が作った今日現在の借金総額です。

パチンコパチスロと不要不急の買い物がほとんどです。

パチンコの負けをパチンコで返そうと打ち続け借金を雪だるま式に増やしてしまいました。

マイルを貯めたいばっかりに不要な洋服やバッグをリボ払いで買いまくりました。

欲と見栄を抑えれば借金は無くなる事を信じて今はコツコツ返済中です。

一番大切な事は脱パチンコです。

寝不足でパチンコから事故

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台風の中でもパチスロ

非常に強い台風24号が沖縄地方に接近しております。

昨年までは私は台風が直撃しているさなかもパーラーでパチスロを打ち続けていました。

数年前は停電してホールが真っ暗になり、電気が回復するまでスロット台に待機したこともあります。

台風が来ているときは、まず店は出さないんですよね。客もガラガラでした。

それでもスロットを打ちたい私はずるずるとパーラーの中に居続け、あっという間に5万以上もすってしまいました。

途中やめようとも思いましたが、外の激しい雨を見て「こりゃ帰れんわ。」と回れ右してホールに舞い戻っていました。

負けても負けても何とかなるだろうと大金を浪費していました。

荒天時の客はホールのいいカモです。

買取り業者と電車に乗る

私は、30代の頃多重債務者でお金を貸してくれる正規の業者はありませんでした。

それでもパチンコがしたくてたまらない私は、怪しいと思われるお店にも行き融資を申し込みました。

「うちで融資は難しいが、ある場所で買い物をしたら、それをうちが買い取ります。」

お金が欲しかった私は了解し、業者の従業員と電車に1時間程乗り、ゴルフ専門店に連れて行かれたのでした。

購入価格の8割で買い取る約束の指定されたゴルフセットをクレジットで買いました。10万位だったと思います。たが、従業員から買取り価格が下がり6万になったがどうするかと聞かれた。

8万から2万も値段が下がるが、現金が欲しかったのでゴルフセットを渡して6万円を受け取ったのでした。

翌月から10万円のクレジット返済が始まることを気にせず、その足でまっすぐパチンコ屋へ行きました。

パチンコ依存症になると先のことは何にも考えられなくなり、借金がどんどん増えて行きます。

携帯の着メロがパチンコ大当たりメロディ

もう10年以上前でしょうか、私は毎日パチスロのことばかり考えていました。

仕事は暇な時間が多く、また一人でいる時間も長かったので携帯でスロットのサイトを見て新台の情報などをながめていました。

この頃、携帯の着メロもパチンコやスロットの大当たりメロディをダウンロードして入れていました。

綱取物語、麻雀物語、キングパルサーなどの大当たり音を鳴らして遊んでいました。

今考えればとても恥ずかしいです。

当時の私は実に不真面目な社員でした。当然仕事の成績も悪く、この会社は1年足らずで辞めました。

パチンコも毎日負けていて借金だけが山のように膨れ上がっていた時期でした。

「最近はパチンコをしていないようですよ。」

私はパチンコ依存症と借金癖が完治できなかったために、父親との関係が2カ月間疎遠になっています。

勘当同然で、電話もできない状態です。

たった一人の親なので大切にしなければならないのですが、自分の親不孝のために関係修復が困難な状況に陥ってしまいました。

親との関係が悪くなると親戚との関係も悪くなり、私は孤立状態です。身からでた錆です。

でもこのままでいいわけありません。大切な嫁や娘にまで辛い思いをさせているからです。

昨日私が父親と電話ができないので、勇気を出して嫁が父親に電話をしてくれました。

父親は私のことを気にかけていたようでした。

嫁は私が脱パチンコをして、今は改心してこつこつ頑張っていることを伝えてくれました。

父親は少し安心したようでした。嫁の頑張りに感謝です。

一日も早く父親と自然に会話ができるようにしたいと思います。

パチンコ屋で財布を拾う

職場の女性がパチンコ屋のトイレに財布を忘れたことがありました。気づき急いでトイレに戻ったがすでになくなっていたとのことでした。

私はパチンコ屋の通路で財布を二度拾ったことがあります。その近くでパチンコを打っていた人に声を掛けたところ、本人の物であったらしくすぐに受け取りました。お礼を言われましたが、謝礼はありませんでした。

その日私はパチンコでそんなに負けていなかったと思います。

もし大負けしていたら、だまってねこばばしていたと思います。

その後、パチンコ屋で他人の財布を拾って着服した男が窃盗罪で捕まったというニュースをテレビで見ました。

私もあぶなかった。

欲望、ねたみ、憎悪うずまくパチンコ屋の中では理性を失います、用心用心。

パチンコをやめた友人

私が32歳位までは職場の同僚で連れパチをしてくれる友人が一人だけいました。

休みが合うと遠距離からわざわざ自分の住む町まで来てくれ、一緒にパチンコをしていました。

その後飲みに行き、友人はビジネスホテルに泊まって翌日自分の住む町に帰って行きました。

お互い彼女がおらず、パチンコと酒飲みがで趣味で休日を一緒にすごしていました。

パチンコの戦績は圧倒的に友人が上で、私と違い借金は全くしておりませんでした。

私はパチンコをしたいがために彼からお金を借りたこともありました。今考えればとても恥ずかしいです。

毎月のように彼とは遊んでいたのですが、あるときから急に付き合いが悪くなりました。

次の休みは予定があるからと、今までのように来てくれることがなくなりました。

どうも彼女ができたようでした。

数年後彼は結婚しました。私は呼ばれませんでしたが、、、。

彼は彼女ができた機会にパチンコから完全に足を洗ったようでした。

結婚してしばらくしてから彼に再会することができました。

彼の顔は決して美形とはいえませんが、以前に比べつやつやしてとてもきれいな顔になっていました。

幸せそうな表情をしていました。

パチンコをやめて家庭を作るとこうも変わるものかと驚いたのでした。

パチスロを教えてくれた友達

パチスロというものを初めて打ったのは私が30歳のときでした。

それまではパチンコ1本で、当時はCR機が出始めた頃でパッキーカードを購入して黄門ちゃまにはまっていました。

おさななじみの友人とも休みの日によく連れパチをしていましたが、二人同時に勝つことはまずありませんでした。

圧倒的に友人の方が勝率が高かったです。

私はパチンコばかりしていましたが、友人はスロットを打っており何だか面白そうで打ち方を教えてもらいまいました。

見よう見まねで打ち、よくわからないうちにレギュラーボーナスが当たりコインが出てきたことに感動していました。

そこから私のパチスロはまり人生がスタートしました。

その友人は台を研究し、また自分が使える限度額を守っていたので私のように大負けすることはなく、借金してまでパチンコをすることはありませんでした。

勝率が良かった友人も4号機がなくなると、戦績がふるわなくなりスロットは打たなくなりました。また、パチンコを打つ回数も減ってきたようです。

いずれにしても、自分の小遣いの範囲内でしかパチンコをしなかったので立派だと思います。

私のように負けたら勝つまでお金をつっこむような人間はパチンコパチスロをしてはいけない人間なのです。

友人とは最近連絡を取っていませんが、今度会う時には連れパチでなく海か山に行ってみたいと思います。
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プロフィール

とおる

Author:とおる
パチンコ歴30年、つい最近やっと足を洗うことができました。
自分に本当に大切なものを失いかけていたからです。
過去何度も繰り返してきたパチンコ依存症を完治すべく、私の失敗談を綴り続けたいと思います。

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