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覆水盆に返らず

昨日脱パチンコ1ヶ月お祝いと娘の誕生日祝いと兼ねて家族でしました。

あの日、あのとき私が誤った決断をしていたら、こういう食事会は二度とできなかっただろう。

危うくパチンコの魔力に負けて、家族を崩壊させるところでした。

娘の楽しそうな笑顔を見て、パチンコを止めて本当によかったと思いました。

改めて嫁に感謝です。
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連チャンが止まらない (昔話)

「脱パチンコ」がブログランキングで1位になりました。とっても嬉しいです。
私のつたない文章を読んでいただき、誠にありがとうございます。
また、脱パチンコを続ける勇気をいただきました。

さて、今から23年ほどのお話です。
当時はまっていたのは台の名前は忘れましたが、777がビッグボーナス、あとレギュラーボーナス図柄が1種類あった台でした。液晶演出等は何もなく、地味なスロット台でしたが、唯一特徴がありました。
フラグが立つと、ずるっと絵柄が滑るという演出がありました。
入るとやたら赤7図柄が左リールに出てくるようになるので、大当たりランプが点灯しなくてもわかりました。
この台は連チャン性のある台で3,4連チャンは普通にするので楽しく夢中で打っていました。

ある日のことです。コインの残数を表示するランプが突然0になりました。確か、10枚位残っていたので
悔しい思いがしたのですが、その直後に図柄がズルッと滑り777が揃ったのです。
その後も、コインランプが0になり大当たりが続くという症状が何度も続きました。
あっという間にドル箱3箱が満タンになりました。連チャンが止まらない、ドキドキと動悸が高まりました。
さすがに異常を察知した店員に声を掛けられ私は事務所に呼ばれました。私は何も不正をしておりませんが。
「台が壊れたようなので、申し訳ありませんがあと10連チャンで台を打ち止めにしていただけませんか」

私はあまりに出過ぎて恐くなっていたのと、十分過ぎるほど勝っていたので了承しました。
後にも先にもこんな体験は1回限りでした。
そのとき勝った金額は、その後数回の遊戯で全部無くなりました。悪銭身に付かず。


祝 脱パチンコ31日!!

脱パチンコを決めて昨日で31日が経ちました。

これは結婚して以来初めてのことです。
意志の弱い自分はこれまで何度もパチンコを止めては、またハマルを繰り返してきました。

1か月間パチンコパチスロを我慢できたのは、自分で強く止めたいと思ったことが一番の要因です。

また、止めるために新たに三つのことを始めて、今も継続中です。
その一つがこのブログの更新です。だからブログには感謝しております。
ブログを書いたり、自分と同じような境遇の方のブログを読ませていただくことで脱パチンコを継続できております。
みなさまありがとうございます。

それと、パチンコを止めるきっかけを作ってくれた嫁には感謝しています。

嫁が買ってくれた本が、脱パチンコにとても役に立ちましたのでご紹介します。

 「私、パチンコ中毒から復帰しました!」 本田 白寿 著



繰り返す借金癖

私は世界一の親不孝者です。

過去何度も借金を返せない程つくり、両親に肩代わりしてもらいました。
もう二度とパチンコはしません、借金をしませんと涙を流し謝り誓いました。

でもバカ息子の私は、何度も親を裏切りパチンコと借金を止められませんでした。

両親の悲しみはわかったはずでしたが、同じ過ちを繰り返して来ました。

「いい歳して恥ずかしい、前代未聞だ、そんな借金自分で死んで返せ、お前なんか親子と思っていない。」と父親から強く言われました。
今は全くその通りだと思います。
信用をすっかりなくし、父親とは疎遠な関係になっています。

今は信用を取り戻すため、反省した気持ちを忘れず一日一日を慎重に生活しています。

今日で脱パチンコ30日目です。



多重債務者だったあの頃

私は30歳の頃に多重債務者という体験をしました。

最初は大手のサラ金1社からの借金でしたが、すぐに限度額がいっぱいになり5社からの借り入れになっておりました。
それでもパチンコが止められず、街金といわれるところからも借り入れをしました。
スポーツ新聞の消費者金融広告をくまなく探し、借りられそうなところに電話を掛けまくりました。
借り入れ額が5社から300万を超えると、何とか融資をしてもらえそうなところはさすがに怪しい業者でした。
「審査の結果、うちでは難しいですね。でもどうしても借りたいのでしたら別の方法がありますよ。」
「データ消去という方法を知っていますか、これをすると一時的にお宅の借り入れデータが消去されて融資枠ができます。ただし手数料が借り入れ金額の30%かかります。」
どうしてもお金を借りたかった私は、ぜひお願いしますと言いました。

その業者が言われる通り、指定された店に電話で申し込みをしました。
店まで行くことが条件でしたが融資が可能となり、20万円を受け取ることができました。
最初に「データ消去」を教えてくれた業者の男が融資してくれた店のすぐ近くに待っており、約束の手数料6万円を手渡ししました。
後でわかったのですが、データ消去など全くのでたらめで、この業者は単なる紹介業者だったのでした。

こんな馬鹿げた行動をしてまで私はパチンコ資金が欲しくてたまらなかったのです。

多重債務者

私は30歳のときに多重債務者になりました。

パチンコの借金が原因です。
当時300万以上の借金があり支払い不能の状態になっていましたが、
債務整理により、毎月返済できる金額にしていただきました。

生まれ変わった気持ちになり、これで人生をやり直せると大喜びしました。
もうパチンコを止めて、コツコツ返済して行こうと決心したはずでした。

ところがパチンコの誘惑に勝てず、わずか1ヵ月程でまたパーラー通いに逆戻りしました。

今思い返すと、当時の私はパチンコ以外に夢中になれるものが何もなかったです。

世界一の親不孝者

私は、パチンコを何度も止めると両親に誓いましたが、わずか1ヵ月足らずでまたパチンコ屋に行っていました。

何度も親に迷惑を掛けていながら、懲りずにパチンコで膨大な借金を作りました。何度も何度も親を悲しめて来ました。
親の気持ちを考えず、自分の欲を満たすためだけにパチンコ屋に通いました。
病弱の母親から心配して何度も携帯に電話がありましたが、パチンコ屋にいることを隠して打ち続けました。

私は、心の弱い最低の男でした。
今さら母親に謝罪してももう手遅れですが、パチンコパチスロは二度としません。
今度こそ、脱パチンコを実現するために先月末から3つのことを始めております。
その1つがこのブログです。自分で決めたことなのでずっとやり続けます。

今日で脱パチンコ28日目です。

パチンコ店朝一 綱取物語

20年前私は、綱取物語というパチンコ台にはまっていました。

十両、金星、小結

これが朝一の図柄で、運が良ければ1000円で大当たり、しかも
連チャンすることもよくありました。

朝一で狙う価値のある台でお店の前には平日でも行列ができていました。
私もその中のひとりでした。

休みの日には必ず並びわくわくしながら綱取物語を打ちました。

短時間で、ノコッタノコッタのリーチで大当たりしましたが、すぐにやめられず
せっかく出した何箱もの出玉を全部飲まれました。
後悔と疲労だけが残り、せっかくの休日を無駄に過ごしていました。

パチンコにはまっていた休日

1か月前までは、パチンコが中心の休日でした。

嫁に仕事だからと嘘をつき、こっそりパーラーへ行ったことが何度かあります。

長時間パチンコを打つと当然体中がタバコ臭くなります。

家に帰ったらまっすぐ浴室にとびこみ、全身シャワーを浴びました。

ついでに着ていた服もしっかり手洗いで洗濯しました。

パチンコ屋に行ったことがばれないように色々と工作をしました。

でもなぜかいつもばれました。

ある日嫁から「パチンコ行ってない?」と聞かれ、「行くわけないないじゃん」と言ったのに

しっかりばれてました。

自分が履いていたスリッパの底にパチンコ玉が1個はさまっていました。

人に嘘をついてパチンコをしたらすでに依存症になっています。

パチンコによる金銭感覚の麻痺

私は過去何度も借金を繰り返してきました。

15年程前の話ですが、パチンコをやりたい為に、自分のお金ではないのを忘れ、サラ金を利用したりクレジットカードでキャッシングを続けていました。
1万円が10万、20万、50万、100万とあっという間に借金は膨れ上がりました。
最大で350万位の負債になったと思います。
まさに坂道を転げ落ちるように、わずか1年位でこれほどまでの借金を抱えることになりました。

パチンコで作った借金を返すために、別のところから借りてきて返すという自転車操業が2年位続きました。
年2回のボーナスを使い何とか返しておりましたが、当然貯金は全くありませんでした。
パチンコで何度も負けても借金してきたお金なので、自分のお金という感覚もありませんでした。
これこそ金銭感覚の麻痺、パチンコによる最大の罪悪だったのです。

最近のパチンコ、パチスロは当たらないと1時間で18,000円位あっという間に失います。
パチンコをしない外国人が、ホールで客がばんばんお札をサンドに入れる光景を見て異常に思ったそうです。
自分がそうでしたが、パチンコにはまると貴重な1万円札が単なる遊戯券になり下がります。

私は借金を少しでも早く返済するためと、麻痺した金銭感覚を取り戻すために掃除のアルバイトを始めました。
汗水たらして稼ぐ時給660円の仕事です。
本当に恥ずかしいことですが、この年になってお金を稼ぐ大変さを身にしみて感じております。

借金癖

パチンコを止めて25日目です。

私は30年間、パチンコ依存症と借金癖を併発しておりました。
初めて借金したのは大手のサラ金業者でした。目的はパチンコで浪費した生活費を借りるためでした。
店に入るまでは借金をすることへの罪悪感で胸がドキドキしておりましたが、簡単に50万円まで融資して
もらえると、自分はそれ程信用があるんだと勝手に喜んでおりました。

生活費で必要な2.3万だけ借りればよかったのですが、50万まで借りられるカードを渡されると、それが
自分のお金のような錯覚に陥りました。

すぐに返せばいいとカードでお金を借り、パチンコ代につぎ込みました。
給料日になると、決まった額を返済しましたが、すぐにまたおろして使うということをずっと繰り返して来ました。
最初の借り入れは数万円でしたが、あっという間に50万円の枠を全部使い切りました。
そこから私の借金生活が始まりました。
パチンコが原因でした。

クレジットカードは恐い

パチンコで作った借金を整理しております。
パチンコを止めてからは一切借金はしておりませんが、私が作ってしまったカードでの支払い残高が
余りにも多く驚いております。

パチンコをすると金銭感覚が麻痺するとよく言われますが、私も例外ではなくクレジットカードでの買い物が
本当に異常でした。

こんなに使ってしまったのかとカード会社に明細を確認したところ、2日に1回の割でリボ払いで買い物をしておりました。内容は確かに自分が購入したものでした。
とくに必要でないものも多数ありました、しかも高額なものも。
スーツ、靴、カバン、服、時計、航空券、ホテル代、食費、パチンコ攻略法、、、。

クレジットカードだと自分の財布からお金が減るわけでないので、まるでカードの利用可能額が自分のお金
のように勘違いし湯水のように浪費しておりました。
また、JALのマイルを貯めることを目的にカードを使用していました。
本末転倒でした。

私はクレジットカードに使うのでなく、カードに使われておりました。しかも利息の高いリボ払いで。
本当にあほでした。


熱くなったらすでにパチンコ屋の思うつぼ

パチンコ止めて3週間がたちました。

パチンコに狂っていた頃のお話ですが、私はパチンコを打ったら勝つまで打ち続ける性格でした。
限度額を決めることなく、所持金が無くなればATMに走り、カードでキャッシングして再度パチンコ台に
座ることを何度も繰り返して来ました。でも勝てることはほとんどありませんでした。
「もう出そうだ、あと千円で当たるぞ、これで連チャンすれば取り返せるぞ」と我を忘れてお札をサンドに
入れ続けました。
もうすでに冷静さをなくし、周りが見えなくなる状態でした。
店の思うつぼ、私はいいカモでした。
パチンコ屋の店長は裏のモニターを見ながら、「こいつ今日も店にお金を落としてくれた。」
とニヤニヤしていたことでしょう。

お金をさんざん突っ込んでも、連チャンするのはまれで、ほとんど単発当たりで終わることがほとんど
でした。
こうして私はパチンコの負けで借金を増やし、ただパチンコ屋を儲けさせてきました。
今振り返ると、本当にお金と時間を浪費して来ました。

吉宗とキャッシング

約10年程前に私が熱中していたのが、パチスロ台 吉宗でした。
ビッグボーナス1回の出玉が711枚、等価交換だと14,000円になりました。
しかも、1ゲーム連チャンすることも多く、最高で5連チャン、一撃3500枚獲得なんてありました。

効果のない高い攻略法まで買い、休みのたびに朝から晩まで吉宗を打っていました。
吉宗は当たればでかいけど、当たるまでの投資が半端ではない台でした。
大勝ちした経験から、突っ込めば突っ込むだけ出るという自分勝手な甘い考えで、1万円札を何枚も入れ
続けました。

当然持ち金はすぐになくなるのでカードでキャッシングをしました。
「連チャンして取り返せばいいんだ。すぐに返済できる。何とかなるよ。」
これこそ、パチンコ依存症の典型的な病状です。
常識はずれなことをしているのに、ほんの数回の大勝ち経験から何とかなると勝手に思いこんでしまう。
借金を増やすだけなのに、パチンコの魔力に負けてATMとパーラーを往復する愚かな私がいました。

パチンコ屋は商売、必ず客が負けるようにできているのです。気がつくのが遅すぎました。

パチンコ屋出入り禁止

私が20歳の頃でした。
ドラム式のデジタル台の魁とも言える、フィーバーというパチンコ台がありました。
7 絵柄とBER絵柄が3つ揃えば大当たりでした。
まだ羽もの台が中心の時代だったので人気がありました。
この台はドラムがジャリジャリ回るのですが、一つ手前の絵柄で停止しても、ガラス扉をバンと叩くと、当たり絵柄が上から落ちて来て大当たりがスタートしました。
違法ですが、私も一度だけ台を叩き無理やり当てました。

今の台は叩いて大当たりさせることは不可能だと思いますが、ある女性客が台を叩いて店を出入り禁止になったそうです。
その人は私の知っている人で、台をぶっ叩く姿が想像できました。

パチンコは嘘つきの始まり

私の愛読するある本に書いてありました。

パチンコの引き起こす二大症状にうそと借金があります。

まさしくその通りだと思います。

パチンコに行くために家族にうそをつき、信頼をどんどん失いました。

また、パチンコの負けを取り返そうと借金してまでパチンコをやり続け借金はどんどん膨らんでいきました。
借金も隠し続けました。

パチンコは人生を狂わせます。
今日で脱パチンコ21日目です。

パパタバコくさーい

昨日娘に言われました。

タバコを止めパーラーには一切行っていないし、

飲み屋にも行っていないのですが。

どうも、汗臭いと言うのを間違えてタバコくさーいと言ったようです。

実際につい2週間前まで私は、タバコ臭くなるところに

長時間入り浸ってました。

臭いを消すために身体中にファブリーズをかけたりしました。

でも嫁にはパチンコしたことすぐにばれました。

嘘をついてパチンコ行く私は、まさしく依存症でした。


パチンコでは生活できない

またまたパチンコ攻略法のお話です。

20年ほど前にブラボーキングダムという台がありました。

たまたま雑誌に攻略法が出ていて、疑い半分、手順通りに打ってみたら本当に大当たりが連チャン

しました。

その台を打っている人は少なかったのですが、自分の台だけが当たり続けドル箱がどんどん

積み上がって行きました。大喜びしたのですが、だんだん周りの視線が気になり怖くなって来ました。

別の店でも試したところここでも攻略法が効き大勝ちした覚えがあります。休みの日にこの台を

打つのが楽しみになり、このままパチンコで生活できるのではと浅はかな考えさえ持ちました。

そんな喜びもつかの間、店もすぐに対策を講じました。大当たりしたら、ラウンド終了後に店員が頼みも

しないのに台のガラス戸を開けチャッカーに球を5.6個入れ保留ランプを満タンにしました。

何も知らない客はデジタルの回転を増やしてくれるのでサービスと思ったでしょうが、これは連チャンを

強制的に止めるための店側の対策だったのです。

そうこうしているうちにこの台は連チャンしなくなり、私も全く勝てなくなりました。

パチンコで生活しようなんて甘い考えでした。



パチンコ依存症と戦う

私は、パチンコで大負けするたびにもうパチンコは二度と

しないと金パチ宣言してきました。何十回と。

ところが数日後にはまたパーラーに行ってしまいました。

ひどいときには翌日にはパチンコを打ってました。

パチンコは麻薬と一緒で強烈な継続性があります。

でも、止めたはずのパチンコを何回も繰り返してきたのは

、自分の決意が本物でなかったからだと思います。

誰かに言われて止めることは不可能です。

自分の心の中で、パチンコを本当に止めると真剣に思う

ことが必要なのだと思います。

昨日もスロットをした夢を見ました。

私は、今まさにパチンコ依存症と戦っています。

パチンコ屋も商売

 27年ほど前の話です。
  
 キャプテンルーキーというパチンコ台があり、実際に攻略法が通用しました。

 手順はデジタル回転中に3つある始動チャッカーの内、上のチャッカーに球が入賞したら

 ストップボタンを押すだけ。そうするとデジタル数字を大当たりに近づけるというものでした。

 攻略法は雑誌に出ていたもので、ホールで実際に使え私も毎日勝ってっておりました。

 このままパチンコで暮らしていけるのではとさえ思いました。

 そんな甘い考えでいられたのもつかのま、その台の釘はどんどん閉められ500円で2、3回しか回らなく

 なり、攻略法が全然使えなくなりました。約1か月後に台がすべて撤去されました。

 世の中それほど甘くない。


 

一発台で一発勝負は不可能

私が学生時代にパチンコの一発台というのがはやっていました。

台の中で、たくさんの釘で囲まれたなかなか入らない一か所の穴に球が一個入れば大当たり、

5,000個の玉がじゃらじゃら出てくる、まさに博打台でした。

運が良ければ100円が12,500円になるので一発台コーナーは常に満席でした。

私も一度だけ大当たりしたことがあり、興奮して換金して帰った覚えがあります。

何十回とその店に通いましたが、一発台で勝ったのは後にも先にも1回のみ。

当然それまで浪費したお金は取り返すことはできませんでし、その後さらに負債が増えました。

パチンコ攻略法は嘘

過去何度もパチンコ攻略法というものを購入しました。

初めて買ったのが、キングパルサー初当たり誘発打法というもので、料金は35万円でした。

今考えれば何て馬鹿な買い物をしたのかと思いますが、スロットに負け続けていいた当時は藁にも

すがるような思いで手を出しました。

結果は、全く効きませんでした。35万円をどぶに捨てたようなものです。

購入した会社に何度もクレームの電話を掛けましたが、担当者は私の打ち方が悪いなどと何だかんだ

言い訳を言い、いつの間にその会社自体が無くなりました。

その後もこりずにいくつか攻略法を買いましたが、どれ一つ効きませんでした。

ただ、パチンコの負債を増やしただけでした。

パチンコにはまると、正常な判断ができなくなります。

ビギナーズラック

私が初めてパチンコをしたのは18歳のときでした。

卒業を間近に、友人3人と好奇心でパチンコ屋に入りました。

友人達は全然出せなかったのに、自分だけが当たり、玉を1箱位出した覚えがあります。

初めての経験で出した玉を換金する方法を知らず、全部チョコレートに替えました。

袋いっぱいのチョコレートを抱き、パチンコの面白さを体感しました。

そこから30年に渡るパチンコとの長い付き合いが始まりました。

あのとき勝っていなかったら自分の人生は全く違ったものになっていたかも知れません。



パチンコ借金150万円

ほんの2年足らずで作ってしまった借金です。

妻や親、周りの方々に多大なる迷惑を掛けてしまいました。

過去に何度も同じ失敗をして、そのたびにパチンコを辞めようと決めましたがすぐに後戻り

してきました。その度に信用を失いました。

まだ辞めて数日ですが、今度は本当に辞めて借金を返す決意をしました。

二度と同じ過ちを繰り返さないためにも過去の私の失敗談をブログに綴り反省しようと思いました。

私のように、パチンコを辞めようと悩んでいる方々に少しでもお役に立てられればこの上ない幸せです。

パチンコは勝てない

集計期間 1月1日から6月30日
遊戯時間 240時間
収支 +1,200円
時給換算 5円


貴重なお金と膨大な時間を浪費した結果です。

パチンコ歴30年だった私は、今までの人生を

いかに無駄にしてきたのだろうか。

結論、パチンコでは生活できません 。

はじめまして

パチンコ経験30年、やっとパチンコパチスロを決別する決意をしました。

私の経験談を告白します。
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プロフィール

とおる

Author:とおる
パチンコ歴30年、つい最近やっと足を洗うことができました。
自分に本当に大切なものを失いかけていたからです。
過去何度も繰り返してきたパチンコ依存症を完治すべく、私の失敗談を綴り続けたいと思います。

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